top of page
  • 執筆者の写真Yoji Yoshizawa

キリシタン史の背景をおさらいする

昨日、キリシタン史の背景をおさらいする。私なぞが子供の頃、習った西欧中心主義的歴史とは異なり、中東の正当な評価、そしてアジアの経済的発展を正しく認識しないと、カトリック教会の位置付けは正しくできない。 


16世紀周辺の日本は世界一の銀産出国として世界経済において重要な存在であり、文明の恩恵をヨーロッパ人に齎してもらうという受け手の立場ではなかった。同様の事は軍事的にも言える。ペリー来日時とは違い、当時の日本は武力で制圧できるような場所ではなかった。その文脈で考えると「布教」は実に巧妙な浸透政略であったともいえる。


ヨーロッパ内の政治状況も混沌としていた。ハプスブルク対オランダ、イギリスという構図は17世紀のプロテスタンティズム勃興前夜であり、宗教・思想的にもメッキが剥げ始めている時代だ。日本に最初に来たヨーロッパ人はポルトガルからであるが、その環境においては人口100万程度の辺境地のミッションが、他に先んじて、月面着陸を果たしたようなものだったのだろう。  


ところがその後、フィレンツェあたりの現イタリアにおける上記ヨーロッパの覇権をめぐる政治的混乱なども「日本布教」に影響を及ぼしてくる。キリシタン弾圧の陰惨、残虐性のみに目を奪われいるだけでは、歴史の教訓を学ぶことはできない。ここがスコーセッシの「Silence」に対する私の不満点である。遠藤は自己の信仰の問題として「沈黙」を書いている。「日本人に抽象的な一神教を信仰することが可能なのか」というテーマは初期の作品において重要である。「原罪」の概念なくして、キリスト教を真の意味で信ずることができるのか。「Silence」の中では、フェレイラにこの部分の台詞を言わせており、井上筑後守にも改めて取り上げさせている。しかし映像からのインパクトはそのような重要ではあるが、繊細な内容が拷問と比較して印象に残りづらいと思う。



閲覧数:4回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page