カーペット敷きの楽屋、ミラーライトの光が寒々しさを消しており、それぞれの仕事に勤しむ人の雑然とした気配を背中に感じながら斜め前に悠然と座るドラッグクイーンと打ち合わせ。
私は納得し、且つ、悪い気分でもなく、了承する。顔のない店長らしき男が「あそこに行けば大丈夫」と言ってくれる。
薄曇りの中、ヒカリエができる前の渋谷から青山へ抜ける坂を上って行くと店がある。着物の着付けはここに行かないとできない。
ガラス戸を入るとカウンターに堅気の女がいる。ハウスマヌカンみたいな感じのルックスは悪くないが、ステージに立てるわけでもない。あくまでも裏方でこれから老いて行く過程に入ったぐらいの女だ。
不愛想な、親切な、事務的な態度で何か説明してくれているが、OKなんだろう。着物はバッチリなので、ライブは大丈夫だ。
カウンターの手前はそこそこ広いスペースとなっており、三人ほどスーツ姿の細身の男たちが座っている。そのうちのひとりが何か気に入らないらしく、絡んでくる。つかみ合いのようになり、私は相手を押し倒して制した。会場へと急がねば。
店長と一緒に会場へ向かうべく、青山通り方面へと坂を上る。彼は足が速いのか、私の視界を振り切って、先に消えてしまった。歩いて行くと、見慣れないところに来た。
暗闇を照らすライトにより、対面の建物や、芝生を鏡となり映すガラスの建物の間、足元は砂利のようだが歩きにくくはない。六本木ヒルズが出来て、道が変わったからこんなところに出てきたんだな、と思いながら坂を下り、右手の土手を上る。朧気な人影はふたりほど見えている。土手の向こうは薄曇りの空だ。
臙脂のクラッシュヴェルヴェットにミニシャンデリアが埋め込んである壁のキャバクラみたいなところで、髪を盛ったギャルたちと会話している。なにやら好意的だが、わかってんのかね、こいつら。
店長が呼びに来た。
「ああ、そうだ忘れ物」
カーキ色の布のボストンを忘れてきた。カウンターのある店かしらん。
店長は中背だが、中肉よりちょっと太め。髪は真っ黒で、テカテカと黒光りしており、鼻の下にはそれほど手入れされてもいないが「お洒落」な髭をたくわえている。薄目のサングラスをかけた顔は日サロ焼けしているが、夜の仕事の人らしく、吹き出物が多い。
天井が昭和の頃程度の高さの古いマンションの通路を急ぐ。壁のコンクリートは爬虫類の肌のような暗い赤に塗られており、ところどころにデザイン的意匠なのか黒い帯が伸びている。
スチール製の、これまた昭和な、ドアは壁よりは少し明るい色に塗られている。中には綺麗だが、トゲトゲしい、キャバクラのママさんである女主が仕事姿でタバコを吸いながらスツールに座っている。
着物を着た私は素足ではステージに立てないので、カーキ色のボストンバッグの中からソックスを試し履きする。ブルーのものしかない。素足だからダークな無地が良いと思うのだが、最初のはチェック模様になっている。もうひとつワンポイントが入っているが、これで良いだろう。
女主の刺は無くなっていないが、店長が一緒であることも幸いしたのか、敵対的ではない。話はついたようだが、依然と私を狙っている勢力はいるのだ。
彼女の右後ろにはオートハープみたいなギターがある。手にとってみると弦は30本ぐらいある。弾いてみると高音弦の下にはフレットがない。高い音はK.C. & The Sunshine Bandの「Get down tonight」のイントロのテープ回転を速くしたソロみたいな演奏ができるだろう。
店長が右手にあるドアから、「ちょっと」と言って出て行くのと入れ替わりに、外にあったポスターに出ていた子が入ってきた。
黄色の、光る素材のミニスカート、日サロ肌、美容院仕様の長い髪で、女主より若い。水商売でのし上がってきて行けるだけの強気で、挑戦的、魅力的な大きな目をした彼女は、私の左手にあるドラムセットに座って叩き始めた。
黄色ドレスの子とセッションしていると店長が戻ってきた。
「本番、2時だよ」
慌てて右手の方、私が座っていた場所の後ろの薄い壁の向こう側になる、階段を上る。着物とメイクを終えている私が緩やかな坂を歩いて行くと、ヤマンバメイクの女の子がふたり、私を観て「綺麗」と言ってくれた。坂の上にはアマンドがあるはずだ。そこから新宿へは、まずは、また緩やか坂を下るんだったな。