• Yoji Yoshizawa

Coltrane Changes

(オリジナルFB投稿:2016年3月31日)


「コルトレーン・チェンジス」その1


ジョン・コルトレーンの凄さ、面白さの「仕組み」を一般の方に説明することはなかなか難しいものです。「Giant Steps」が「凄い!」という話はジャズファンであれば聞いた事があるはずです。しかし「何がどう凄いのか」を芸術的な意味ではなく、技術・理論的に「凄い」と言われているかを理解せず神格化しているケースが多いように感じています。音楽はさまざまな角度からで同時並行で楽しめます。バッハのフーガを楽しむためにフーガの理論を知っている必要はありません。と同時に対位法を勉強した人は別の楽しみ方も可能になります。一粒で二度おいしいわけですね。


そこで無謀にも音楽家が「コルトレーン・チェンジス」と呼んでいるものを判り易く解説してみたいと思います。難しいところは必要最小限に留めコルトレーンの頭脳の中身をチラ見して戴くという趣旨です。


これを一度でやってしまうと「おなかいっぱい」になること必至なので何回かの投稿に分けてアップします。決め事としては、ここからのお話は全て西洋音楽理論の亜流であるポピュラー音楽理論に基づき進めるということです。


最初は「トライトーン」というやつです。鍵盤楽器がある方はドミソを同時に弾いてみてください。お持ちで無い方はドミソと歌っていただければ結構です。耳にドミソが定着したと感じられたら、ドレミファソラシドと弾いて/歌ってください。


次にドレミファ、とファで演奏を止めます。そしてファ、ミと弾いてみます。ドレミファミでも結構です。如何でしょう、ミに行くと落ち着きますね。ファがどうも不安定に感じられミが続くことによって小さなカタルシスが感じられます。


後、ひとつやってみましょう。同じようにドミソを弾いた後、ドレミファソラシとシまで行きましょう。そしてシドと弾いてみるとシがファのように居心地が悪く、ドを弾いて一安心と感じられるはずです。


ドレミファソラシドのなかでこの居心地の悪い箇所はふたつ:ファとシです。この二つの音はドレミファソラシドの「文脈」ではそれぞれミとドへ「行きたがる」のです。

ファとシを同時に鳴らしてみましょう。そしてそれぞれの音が「行きたがる」ミとドを次に弾いてみます。どうでしょうか?すっきり納まった感じがしますね。音楽家っぽく言うと「ファとシの二つの音がミとドへそれぞれ{解決}した」となります。


このファとシのふたつの音の関係を「トライトーン」と呼びます。音と音の間隔が増4度、あるいは減5度というやつになるのですが、これは単純に半音で7つ音が離れているということです。ファから数え初めると、ファ#(ソb)、ソ、ソ#(ラb)、ラ、ラ#(シb)、シと、7つ目がシになります。


この項では『トライトーン「ファ・シ」が「ミ・ド」へと「解決」する』性質を指摘して一旦筆を置きます。 ***

「コルトレーン・チェンジス」その2


ポピュラー音楽理論を説明しているサイトや書籍ではローマ数字が良く出て来ます。これは単純に和音の関係性を「キーと関係なく」表現する方法です。I-II-IIIというコード進行が与えられた場合、どの調でも同じ関係性で和音を作ることができるんですね。ピアノでは無理ですが、ギターで言えば同じ抑え方でカポをつけるようなものです。ギタリストはある曲をひとつのキーで覚えたら、カポをつけることによって他のキーへ移調できるのです。


ではIやIIってなんなんでしょう?和音は三度の音程の積み重ねで出来ています。ドレミファソラシドという白い鍵盤だけを使って例示すると、ドミソシ、レファラド、ミソシレ。。。ととびとびに音を抑えます。ドミソシを作るプロセスを上に続けていくとシレファラの次はまたドミソシとなるので、ドミソシからシレファラまでが一巡で、7つの和音が出来ることになります。この7つにローマ数字をあてがって行くんです。Iはドミソシ、IIはレファラドという具合です。


だけどなんでIはドミソシじゃなくてはならないのか?これはドレミファソラシドというスケールを「母体」としているからなのです。レミファ#ソラシド#というスケールは単体弾いてみれば「ドレミファソラシド」と同じ音の並びに聴こえます。この場合はレファ#ラド#がIになるんですね。音楽を勉強された方はこれが「移動ド」の概念であることにお気づきでしょう。


あとひとつ取り決め事のようなものがあります。ドミソシとレファラドでは「コード」として音のサウンドが違うんですね。ドミソシはメジャーセヴェン、そしてレファラドはマイナーセヴンという種類のコードになります。コードが出ている楽譜だとそれぞれCmaj7やCM7、Dm7やD-7なんて表記になります。


この「種類」が何になるかはローマ数字によって決まっています。Iだと必ずメジャーセヴン、IIだとマイナーセヴン、VIIだとマイナーセヴンフラットファイヴあるいはハーフ・ディミニッシュと一意的に決定付けられます。コード進行を実際に演奏するには(1)キー、(2)ローマ数字、そして(3)コードが変化するタイミングの情報があれば出来てしまうということです。


ミニー・リパートンの「Loving you」のサビまではIV-III-II-Iというコード進行になっています。声の低い男性がこの曲を歌う場合、このIVからIという関係性が判っていればキーが違っても対応できることになります。キー=Cであれば、上記決まり事でコード進行はFmaj7-Em7-Dm7-Cmaj7であると読めてしまうのです。キーがDであればGmaj7-F#m7-Em7-Dmaj7。ギタリストはカポを第2フレットにつければ同じ指使いで弾けてしまいます。


次の投稿では前回の「トライトーン」とローマ数字を結びつけます。

***

「コルトレーン・チェンジス」その3


前回の投稿でコードと表現したものは厳密には「セヴンスコード」と呼ばれるものです。意味としては4つの音で出来ているコードというもので、ドミソのように3つの音から構成されるものは「トライアード」(三和音)と区別されています。


コードのそれぞれの音の関係性を検証してみましょう。キーがCでIのコードはドミソシでCmaj7になります。ドとミ、ドとソ、ドとシ、ミとソ、ミとシドなどとペアで4つの構成音の距離を半音で数えてみます。ドとミであればド、ド#、レ、レ#(ミb)、ミと5つ、ドとソであれば、ド、ド#、レ、レ#(ミb)、ミ、ファ、ファ#(ソb)、ソなので、8つです。これを全ての組み合わせでやってみると「トライトーン」の関係性である7つ離れた音は二カ所で見つかります:ファとシ、シとファです。オクターブが異なるだけですのでここでは「トライトーンはドレミファソラシドにひとつだけ」として話を進めましょう。


上記トライトーンが含まれるコードはVとVIIの数字に対応するものです。キーがCですとコードネームはG7とBm7b5となります。ここでトライトーンが「解決」したがることを思い出してみましょう。最初にトライトーンをご紹介したときは「ファシ」が「ミド」へ行きたがると指摘しました。この動きをコードの文脈で表現するとVからIあるいはVIIからIになります。コードネームで言い換えるとG7-C、あるいはBm7b5-Cとなります。

上で「トライトーンはドレミファソラシドにひとつだけ」としたのですがコードが二つ形成されるのはおかしいのじゃないか?その通りです。実はG7とBm7b5の関係は後者が前者の「代理」として機能します。ですからG7-Cというコード進行をBm7b5-Cに置き換えても「コード機能的」には同等になるという考え方なんですね。


蛇足なのでここは読み飛ばして戴いて結構なのですが、G7をBm7b5に置き換えてギタリストやピアニストが弾いた場合、ベースプレーヤーがGを弾くと全体で聴こえるコードはG9になります。この発想は反対方向へ行くとPat Martinoの「聖なる幾何学」理論の一部になります。Bm7b5のBを抜いたトライアードはDmです。よって大元であるG7というコードを見た時にDmを元にフレーズを作れば良いという発想ですが、この先は複雑、且つギターに特化した理論ですので、閑話休題。


さてG7がCへ解決したがる性向(ローマ数字表記ではV-I)を「ドミナントモーション」と名付けています。Dominantは「支配的」や「最も有力」という意味で、ドミナントモーションは文字通り、「最強のコード進行」となります。


最強ってのも凄いですねw ビデオはプレスリーの「監獄ロック」、0:23からのコード進行がV-Iです。一巡して落ち着く前に出てきていることが聴こえますでしょうか。

***

「コルトレーン・チェンジス」その4


最強の「ドミナントモーション」はゴム紐が伸びきった状態をイメージしてください。伸びきって(切らない事を前提で)しまうと固定している方へ戻りたがりますね。「監獄ロック」やブルースの12小節で一巡というフォーマットでは最後の4小節で伸びきった状態へ持って行き、ホームへと戻る訳です。


作曲する側の最初の課題は「ホーム」を作る事です。ホームが出来てしまえば、伸びきった状態がどこになるかは必然的に決定されますね。ではどのようなルートで伸びきった状態まで持って行き、戻って来るかです。Hがホームで、Dが伸びきった状態とすれば、H-D-HもH-X-X-D-X-X-Hというルートもアリです。ここでXは特定のコードではなく、HとDの路線間の途中駅として成立するようなものを使って「進行」を作ります。

ジャズミュージシャンは「ニゴイチ」と良く言います。これは「II-V-I」の事で、スタンダード曲で頻繁に出てくる定番のコード進行です。ゴダイゴファンの方だとBeautiful Nameのサビの音と言えば解っていただけるでしょう。「誰かが~」のところがIIのコード、「でぇ~こた~えて」までがV、そして「る~」でIに落ち着きます。


この「ニゴイチ」の連続で書かれたスタンダードに「Tune up」があります。これは「ニゴイチ」が連続するのですが、ホームがどんどん変わって行きます。最初はDのキー、次はC、そしてBbとそれぞれの「ニゴイチ」で作られているんですね。


覚えておいていただきたいのは「伸びきった状態=V」からIへ戻るルートが特急で始点と終点だけに停車せず、途中寄り道をするようにすることも可能であるということです。 ***

「コルトレーン・チェンジス」その5


さて、いよいよコルトーレン・チェンジスです。これは基本「ニゴイチ」なのですが、ルートが巧みに変更されているのです。


ご紹介する曲は「Countdown」です。頭のところから以下のコード進行となっています。


Em-F7-Bb-Db7-Gb-A7-D


これが「ニゴイチ」であると書いたので次のように書きなおします。


Em-X-X-X-X-A7-D


Em-A7-DとホームであるDへ向かっていることが判ります。 次に間のところを区切って見ましょう。


Em-{F7-Bb}-{Db7-Gb}-A7-D

{}の中が「ドミナントモーション」(V-I)になっています。


IIであるEmからどこへ進んでいるのかを検証するとキーがBbからGb、そして元々のDに戻るルートを辿っていることが判ります。BbとGbという迂回駅を通過して終点へ向うルートになんらかの意味があるのでしょうか。


三つの音の間隔を見てみます。DからBbは、D,Eb,E,F,Gb,G,Ab,A,Bbと9つの音からなっています。


次にBbからGbは、Bb,B,C,Db,D,Eb,E,F,Gbとこれも9つ。最後にGbからDを見るとこれも9つ。三つの音が一オクターブ内12の音を3分割しているのです。音楽的に言えば、長三度おたがいに離れたキーへと一時的に「移調」していることになります。


コルトレーンは当たり前の「ニゴイチ」を変形してしまっているのです。今回アップした「Countdown」ですが、実は「Tune up」の「ニゴイチ」を変形したものなのです。この長三度離れたキーへ迂回してホームへと戻る進行(チェンジス)が「コルトレーン・チェンジス」と呼ばれるものです。


***

「コルトレーン・チェンジス」その6(終)


私は正規の音楽教育を受けていないのでこれが正しい用語なのか判りませんが、最後に私が「Superimposition」と呼んでいる概念をご紹介してこのシリーズを終わります。


私が「Superimposition」で意味するところは「既存のコード進行の上に異なるコード進行を想定し、上乗せする発想」です。


たいていはコルトレーン・チェンジスのように与えられた拍数を細分化することによって異なるコード進行を作りあげるんですね。「上乗せ」というのは「Countdown」を例にとると、バンドは「Tune up」を演奏しているが、ソリストはコルトレーン・チェンジスをなぞっているという状況です。


私はチャーリー・パーカーの演奏を聴いて、この方法論に気付きました。アップした投稿では色々なプレーヤーが12小節のブルースを弾いています。新旧スターの共演という趣向ですが、Bebop世代のアプローチがそれ以前のプレーヤーのそれと違うことが見事に聴き取れます。


チャーリー・パーカー(5:19からソロ)はFのブルースで最初のFからBbへと繋がる間をEm7b5-A7-Dm7-Dbm7-Cm7-F7と細分化して演奏しています。続くギターのバーニー・ケッセルも同じです。コルトレーン・チェンジス同様、A地点からB地点へ行く停車駅を増やしているんですね。


しかしこれだけだと単なる「リハーモナイゼーション」で、あえて「Superimposition」(上書乗せ)と表現する必要もないじゃないか、と指摘されそうです。


どこが違うかは、コメント欄のコルトレーンのソロが良い例となります。パーカーのジャムセッションではリズムセクションに「モダン」なケッセルやピーターソンがいるので、パーカーに合わせているのであたかもコードがあらかじめ決められているかのように聴こえてしまうのです。ところがキャノンボールの次に出てくるトレーンは「Limehouse blues」という古い曲のソロでコルトレーン・チェンジスをなぞってしまうんですね。


集合的即興芸術としてのジャズで「上乗せ」することによってより面白いハーモニーを聴かせるという方法論は不完全ながらもDavid Liebmannの「A Chromatic Approach to Jazz Harmony and Melody」にて発展・理論化が試みられています。ここでは分数コードに留まらず、三段の分数コードなどを想定し、即興演奏の自由度拡大を推し進める手法について書かれていますが、初級ポピュラー理論ほどスッキリ・カッチリとした理論化はできていないと思っています。


自由度の拡大ということでは他に有名なところではジョージ・ラッセルの「Lydian Chromatic Concept」があります。こちらは体系としてはしっかりしていますが、20世紀現代音楽に見られるような不協和音を理論化するのではなく、異なるパラダイムを提示するにとどまっています。Meyer Kupfermanの「Atonal Jazz」もシェーンベルクの12音技法に比べると失礼ながらもお粗末な理論であると感じさせます。これはポピュラー理論という馴染み深い基盤を発展させるというアプローチの限界によるものであるとの持論です。


上記限界を感じた故か否かは定かではありませんが、コルトレーンの演奏スタイルは齢を重ねると共に大きく変化して行き、フリージャズと呼ばれるジャンルの礎を築くことになって行きます。



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