• Yoji Yoshizawa

隠遁、蟄居、引き籠り

ロチェスター大学・宗教学教授の友人は、大学時代のバンドのキーボードとヴォーカルでした。私たちは、ともに大学3年で「海外留学プログラム」を選択しました。「One-Year-Abroad」という制度では、事前に1年間の学習計画を提出し、母校の単位として認定の判断を仰ぐというものです。私の場合は、国際基督教大学への逆留学だったので比較的簡単に通りました。他の学友は、Peace Corpでアフリカへ行ったり、シェイクスピアの演劇を勉強するためにイギリスへ行ったりと、それぞれ興味のある領域での1年を選択していました。 前掲のロチェスター大のブルックス教授は、ネパールへサンスクリット語を習いに行っていました。ブルックス教授は、最近、バガヴぁッド・ギーターの翻訳を出版するなど、東洋宗教哲学の分野で活躍しています。 その彼が、武漢ウイルスのため外出を控えざるをえなくなった学生たちに向けて、ポシティブな姿勢で自宅に居るという話をしていました。そこに道元の「正法眼蔵」から得た着想を書くにあたって「Hikikomori」という言葉を使っていたのですね。 日本語ですと、他に隠遁、蟄居という言葉が広い意味での同義語としてあります。隠遁は世俗社会から自分を離すということです。蟄居は、もともと罰で、「命ぜられる」ものであります。ブルックス教授は、武漢ウイルスによって「強制的に自宅に居させられている」という意味で、蟄居がお気に入りでした。 さて、私の方ですが、家でおとなしくしています。風邪は薬で抑えられており、寝込んでいるのでもないので手持ち無沙汰を否めません。犬Boysの世話や、家事手伝いなどは普段と変わらずですが、空いている時間は、バリバリと創作活動に勤しむというほどには回復していないので、主として、練習と読書にあてています。 さらに、フラメンコの表現をより充実させるにはスペイン語を覚えるべきと思い立ち、「ゼロから学ぶ」的な書籍、そしてPimsleurの学習用CDセット(80時間分)を購入しました。女性形‣男性系や、動詞の語形変化は、ラテン語、フランス語を勉強したことがあるので違和感がありません。発音も中国語よりはやさしいです。問題は記憶力ですが、使う事によって劣化を止めることも出来るのではないかと楽観するようにしています。語学も新しいパラダイムの音楽を勉強するのと同じように捉えれば、蓄積してきた学習の方法論も活用できるでしょう。何についても言えることですが、才能や能力より、意志が重要です。 たいへんな苦労を強いられている方がとても多い時期だと思います。「希望を持ち続ける意志」の大切さを感じています。


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