良く「吉澤さんはぜったいに『絶対音感』あるでしょ」と聞かれます。聞く方では音楽家として絶対音感があるというのはひとつのステータス、常人の持たぬ凄い能力、と思っているのでしょう。ネットで検索すると「絶対音感ビジネス」とでも言えるようなものが多数あり、後述する理由から幼いお子さんを持たれる方をターゲットとしています。そのようなサイトを見ると科学を装った不正確な記述があまりにも多く怒りさえ覚えます。
絶対音感「らしき」ものは持っています。譜面のない即興演奏で共演者の演奏した音や、周囲で聴こえる音(サイレンなど)をギターで再現することはできます。でも基本的に私は絶対音感など無用の長物であり、むしろ音楽の多様性を考えた場合は害であるとまで信じています。「らしき」ものはほとんどの音楽家が長年の経験から持っているものなのです。本当に大事なのは「相対音感」であり、自然界に充満する音を受け入れる脳と心なのです。最初のパラグラフに書いた問いに対しては「そんなもの持ってないよ」と答えています。
絶対音感ビジネスはひとつの科学的事実を元にしています。絶対音感を持つ人の脳を調べると左右の側頭部の面積に差異が見られるのです。言語をつかさどる左側頭部の面積が右より大きいのです。この事と経験則的に3~4歳から6歳までの訓練により後天的に習得できる能力である、そして「優れた音楽家になるには絶対音感が必要である」という、一般に広まっている間違ったイメージを抱き合わせ、幼児教育プログラムとして売っています。
絶対音感に関する研究は大変専門的で脳科学、情報科学、認知心理、音響物理など多岐にわたる領域を超えた努力から解明が進んでいる分野です。往々にして新しい研究分野の成果は単純化され、誇張されビジネスのタネにされてしまうことが残念ながら多いのです。大橋力(音楽家としては山城祥二)さんが発表したハイパーソニックの概念も今後の研究成果如何によってはトンデモ科学的商品の出現に繋がってしまうと思うとがっかりします。
閑話休題。英才教育が拠り所としている「脳の非対称性」の解釈では「左側頭部が絶対音感教育によって発達する」というものですが、これは「Absolute Pitch and the Planum Temporale」(Keenan, et al.)という論文で左が発達しているのではなく、右が小さくなっているのだと報告されています。要は絶対音感教育は『脳が本来受け入れられる「連続的データ」を「離散化」して受け入れるように限定してしまうものである』ということです。もっと簡単に言えば「絶対音感教育は脳の発達を抑制することである」との主張です。
物凄く端折って、簡単に書きましたのでより詳しい情報をお望みの方はメッセージ機能でお願いいたします。結論としてはお子さんに「絶対音感教育」を施すことをお勧めできないということです。
自然界のさまざまな音を音楽として楽しめる心の育成の方がお子さんたちの幸せには多大なる効果があると思います。どんな場所、どんな音でも良いのです。耳を澄ませて音の世界を受け入れるよう仕向けてあげる、離散的な言語思考とはことなる連続的刺激への感受性を高めてあげるのです。
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