• Yoji Yoshizawa

私の音楽的ルーツ(28)

ジャズギターを学ぶにあたって、最初にコピーしたのがこれでした。弾けていたのですが、正直、理解ができるようになるのは後のことになります。技術的には問題なく演奏できるのですが、元の曲をどういう発想で崩しているのかが解らないんですね。


ある音大生が卒業時の演奏を聴かせてくれたことがあります。20世紀初頭の作曲家の作品だったと記憶していますが、衝撃的でした。というのも私は彼女が「音楽家」としてその曲を弾いていると思ったからです。そこで、「これ、解って弾いている?」と尋ねると、「解っていない」と答えたんですね。譜面と指使いを暗記し、教授の指導どおりの表現を実現しているということなんです。残念ですが、これは私が思う音楽的演奏行為ではなく、今風に言えば、AIがもっと上手にできてしまう演奏です。


PSM(パン・スクール・オブ・ミュージック)で教えていた頃も、コピーした内容を文化祭などで演奏し、学内で「絶対にプロになれる!」と絶賛されていた子が少なくありませんでした。入口としてのコピーは必須と言っても良いと思います。バッハやショパンをまずは弾く。ところが、そこでお終いではなく、「どういう脳内プロセスがこういう音楽を生むのか?」の探求が必要であり、そこに注目することにより、創作への道が開かれてくるのです。

ゴダイゴの「ガンダーラ」がサビで4度上に転調している、そしてピヴォットコードを使って再度元のキーに戻っているという分析ができれば、それらの手法を使った曲作りやアレンジができるようになるはずです。もちろんこれは方法論であり、芸術的センスはまた別の要件となってくることは言うまでもありません。

方法論にはさまざまなものがあり、一般的にクラシック、ジャズ、ポピュラー、民族系などと分けられているジャンルの中でも異なるものが存在します。クラシックであれば対位法という方法論と縦のハーモニーを重視する和声学には綺麗な連続性は見られません。20世紀クラシックのセリーズや、クセナキスの確率論などもパラダイムとして異なるものです。ジャズの世界ではマイルス・ディヴィスの「Kind of Blue」や中期のコルトレーンに見られるモードの方法論があったり、それにつづくフリージャズのそれがあったりと、色々な体系を学ぶことになります。それらは画家にとっての絵の具のようなもので、それをどう活用して自分の表現を実現化するかが課題となります。


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