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勝海舟・民子の墓

洗足池公園の奥(東側)には勝海舟のお墓があります。ご覧の通り、奥様の民子さんのそれと仲良くならんでいます。

ところがノンフィクション作家の石井妙子さんの一文を先日読み、「仲良きことは」と一筋縄ではいかないことを知りました。以下、石井さんの文章の要約です。

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勝とお民が結婚した当時はとても貧乏で、自宅で蘭学を教えたり、翻訳をして糊口をしのいでいました。ところが10年ほどして、勝は海軍伝習所に赴任します。開国前夜の幕府が広く人材を求めていたという波に乗れ、出世の糸口を掴んだのです。

世間では良くある話ですが、地位が得られ、金回りの良くなった勝は、糟糠の妻そっちのけで女遊びに走ります。時代もあり、勝の性格もあったのでしょう、彼は手をつけた女中や出入りの女性たちに産ませた子どもを正妻のお民に育てさせます。同居させるに留まらず、子育てまでやらせてしまうのですね。このような複雑な事情もあり、勝姓を名乗るのは早世お民の子、小鹿の長女伊代子の子孫のみとなります。

生前、勝の隣だけはよしてくれと言っていたお民は、当初、青山墓地に埋葬されますが、後にお墓は洗足池、海舟のとなりに移されます。

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お二人の墓石の前には灯篭があり、海舟の側には小鹿にちなんだ鹿が、お民のものにはなぜかカタツムリが彫られています。カタツムリは何に因んだものなのでしょう。「片目をつむって」勝の子を育てた彼女の一生かもしれません。


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