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  • 執筆者の写真Yoji Yoshizawa

「温水路」(ぬるめ)

米の生産高は水温が冷たいと減ってしまいます。北アルプス麓の大町市には雪解け水が豊富ですが、水温が低い。そこで戦後、食料増産策の一環として広く浅い用水路が造成されました。太陽光で水を温めるのです。 今でもこの「温水路」は、長野県大町市に保存されています。



閲覧数:22回2件のコメント

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2 Yorum


Yoji Yoshizawa
Yoji Yoshizawa
07 Tem 2019

大町市は現在も国道148号線や大糸線のルート上にあり、これが縄文時代から使われていた「道」であると考えています。 現在の糸魚川市は日本で唯一のヒスイ産地で、縄文遺跡からそれを加工した勾玉などが出土していることから、奴奈川姫を長とするコミュニティが日本海寄りの姫川周辺に居り、内陸へ移動する際、姫川を伝って行ったのではないでしょうか。日本海側から148号線をドライブすると青木湖、木崎湖あたりから平地となり、安曇野の平野に出るわけですが、急に空が広くなる感がします。正にその開けたあたりが大町市になるわけですね。 蛇足ですが、遺跡のロケーションを見て行くと、その後、縄文人はさらに南下し、八ヶ岳南方を周って山梨あたりへと移動したのだと思っています。 八ヶ岳手前の諏訪地域では、縄文人と弥生人の遭遇があり、両者は対立的な構図で考えられており、諏訪神社や御柱祭の解釈もそれに准じたものでした。しかし、現在の考古学会にはひとつの文化が他を淘汰したのではなく、諏訪地方に限らず、緩やかな文化インテグレーションがあったとする説が出てきている点です。この相互に影響しあう関係は、さまざまな文化の交じり合い(イギリスやアイルランドにおけるキリスト教文化とケルト文化も念頭にのぼってきます)を考える時の枠組みとして興味深いものだと思っています。

Beğen

redyellow599
06 Tem 2019

長野県大町市は仕事上で接点があり、この情報はありがたいです👍

Beğen
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